「違うの。今は『いや』って言って?」
彼の目が揺れる。長年刻み込まれた習性が、彼の中で戸惑いを見せている。
「で、でも...」
「大丈夫。あなたの気持ちを、私に聞かせて」
首筋を撫でると、彼の体から力が抜けていく。震える声で、小さく「いや...」と漏れる。
「ね、できたでしょう?じゃあ、もっと気持ちよくなったら『だめ』って言えるかな」
彼の耳元で囁くと、全身が微かに震えた。
「はい、じゃなくて『ん?』で答えて。私の名前を呼んでから」
「み、みやのさ...ん?」
その声の震えに、切なさが混じっている。
「今日の夕飯、何が食べたい?」
突然の質問に、彼が戸惑う。考えなければいけない。はいかいいえでは答えられない。その間も、私の指は彼の首筋を優しく撫でている。
「焼き魚...かな」
少しずつ、彼の中の古い鎖が溶けていく。
そう、あの人の元に戻っても、「だめ」という言葉は私のものになる。彼の体が覚えている、この心地よい戸惑いとともに。