ずっと空っぽだった隣家に、久しぶりに明かりが灯った。高校を卒業して戻ってきた彼女が、一人暮らしを始めたのだ。
小さな頃から実家の庭で遊んでいた子が、今では肩まで伸ばした髪を大人っぽく揺らしながら、「おかえりなさい」と微笑んでくれる。声も落ち着いて、ほんのり化粧の香りがする。
休日の午後、彼女が作ったという手作りクッキーを持って来てくれた。「昔みたいに、お茶しませんか?」と言う表情は、まだあの頃の面影を残している。でも手つきは上品で、お茶を注ぐ仕草まで様になっていた。
「最近どう?」と聞くと、最近遊んでいるディストピアのような混沌とした話や仕事の話を、時々笑顔を見せながら面白おかしく話してくれる。昔は膝に乗せて絵本を読んでやった子が、今では私の仕事の愚痴も優しく聞いてくれる。その変化に戸惑いながらも、どこか嬉しさを感じる。
帰り際、「また来ていいですか?」と聞かれて、思わず頷いていた。彼女が去った後、部屋に残された紅茶の香りと、かすかな寂しさ。
スマートフォンの画面に映る時計は、もう夜の8時を指している。明日からまた仕事だ。でも少し、心が温かくなっていた。
カーテンの隙間から、隣の部屋の明かりが柔らかく漏れている。あの頃と同じ光景なのに、なんだか新鮮に見える。そっと立ち上がって、お気に入りのマグカップを洗う。また来月彼女に、会えるから。