まだ覚えている。
精工舎が健在で、都営団地の人の多くが精工舎で働いていた、あのころ。
私は小学1年だった。
じとじと降る雨と足に跳ね返す水滴に濡れながら、うんざりする熱気に包まれてお友達の住む団地に向かっていた。
どんよりした灰色の巨大な建物。
小さな公園を抜けた先にある団地のエレベーターは薄暗く、幼心に怖かった。
エレベーターは古く、がたがた音を立ててゆっくり閉まる。
乗り込むと、若いお兄さんが居た。
蛍光灯が青白くお兄さんの顔を照らし出す。
私は人がいる事に安心して挨拶をした。
「君はここの人?」
優しそうな雰囲気のお兄さんだった。
年上の人に声をかけられたのが嬉しかった私は、これから友達の家に遊びに行くのだと告げた。
「知っていたら教えて欲しいんだけど…」
お兄さんは屋上に出られるか知りたがった。
団地の屋上は鍵がかかっている。
飛び降りで有名な団地だから。
私が教えてあげるとお兄さんは残念そうにした。
なぜ。あの時思い出したのだろう。
当時、お友達のお姉さんは暴走族でタバコをよく吸っていた。
団地は清掃係があって、屋上の鍵は出入り口のマットの下に隠していた。
お友達のお姉さんはその鍵を使って屋上でタバコを吸っていた。
ナイショだよと笑うお友達の話を思い出したのだ。
お兄さんはお礼を言った。
人の役に立てて嬉しかった私は、頭を下げてエレベーターを降りた。
そのままお友達の家につくなり、お兄さんの事も忘れた私は塗り絵やリカちゃん人形に熱中した。
ふと気づいたら夕方を知らせる子ども番組が始まっていた。
慌ててお友達と別れ、エレベーターに乗った。
違和感を感じたのは降りた時。
1階の広場に人が集まっていた。
パトカーが数台、救急車もいた。
学童保育の先生や、近所のお母さん達もいた。
異様な気迫にたじろいだのを覚えている。
「飛び降りですって…」
誰かの声が耳をかすめた。
血の気が引く怖さだった。
糾弾される恐怖。
その場にいられなかった。
黙って下を向き、逃げるように家に帰った。
なぜだか、その時エレベーターで一緒だったお兄さんを思い出したからだ。
お友達にナイショと言われた話を、話してしまったから。
ただの勘違いかもしれない。
真相は何も分からないまま。
あの時も。
どんよりと雨雲の立ち込める蒸し暑い日だったのを覚えている。
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