彼は、この世に存在しない。
それが革命の一種だと知った上で、彼はビットコインを世に出現させた。
世界を滅ぼす兵器を意図せず開発してしまったアインシュタイン然り、天才的能力を発揮しとんでもないものを世に発明してしまった人物は、誰もが背負う宿命を、彼もまた背負わざるを得なかったとしたら。
まして、世界中すべてが普遍的に繋がるこの情報社会に於いて。
世を変えるであろう発明を成した人物が、やがて世界中のどこに身を隠したとしても、いつかは探し出されるだろう事は目に見えている。
そこで天才プログラマーが思考した答えは、自分の個人情報をビットコインから完全分離すること。
作者との因果関係や証拠を一切抹消し、ビットコインが独立した状態で、価値をおおやけに知らしめること。
そして最後に自分の存在を消すことで、世界がビットコインに対して正当な評価を下せる環境をつくり出そうとした。
類い希なる才を持ってして作り出した完璧なプログラムによるビットコインという作品、それを目の前にして彼が思ったこと。
彼は、ビットコインをどうしても世界の基準的存在にしたかったのではないか。
この時代、無人島やジャングルに身を潜め人里離れて他人と関わらずに自分の消息を絶つ方法などほぼ皆無に近い。
にもかかわらず、微塵もその人物の情報が存在しない。
あるのは作者として記録されていた名前だけ。
芸術家がその作品に命を吹き込もうとすると、自らの存在が消滅した後の世でも作品の中に生きようとする。
楽曲アーティストが若くして自ら命を絶ちある日忽然と消える様に、若い女優がその美しい姿のまま記憶してほしいと衝動的自害を遂げる様に。
彼もまた歴史上稀に見るロマンチストで、天才的頭脳を持て余した狂人の一人だとしたら。
武士は切腹という行為が美しいから切腹を執り行うのではない。
切腹してまで守り通そうとする、その信念や生き様が美しいのだ。
守るべき何かのために命を張れるという潔さ、そこに人は感服するのであって、決して血生臭さや残された死骸まで芸術と評されるものではない。
残るのは作品だけ、だからこそ作品は伝説と成り得るのかもしれない。
本投稿は自殺を助長するものではありません。ビットコインに関する記述はあくまでも仮説です。